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北澤のカンボジア滞在期 DAY2~3



怒涛の6日間が終わり、やっとブログを書けます。


毎日更新しようと意気込んでいましたが、そんな余裕はなかったです笑


2日目、現地チームとの国際親善試合を終え、


体調不良者に対応する為スーパーへ買い出しに。


遅い時間だったので少し離れた24時間営業のお店へ向かった。


薄暗い夜道にはネズミや猫がゴミ箱をあさる。


少しの恐怖心と戦いながら歩いていると、出会ってしまった、


黒い大型の野犬だ。


自分に気づくなり吠え、威嚇し、こちらへ向かってきた。


背を向けたら終わりと聞いたことがあるので、2秒程様子を見たが、


ダメだ。


一目散にこちらにかけてきた。

すぐさま方向転換し、絶対的に走ることに適していないサンダルで、

全力ダッシュ。

全然野犬も諦めない。

26年間で1番足の早かった瞬間だ。

なんとか大通りに辿り着き、一命を取り留めた。

カンボジア怖い、日本に帰りたくなった。


3日目

午前中は現地の貧困などにより十分な教育を受けられない子供達の施設を訪問。


日本では社会保障の充実によりこういった施設は見られないので、この国ならではである。


笑顔で迎え入れてくれた子供達からは想像できないほど、


日本人の我々にとってその生活は過酷な環境だと感じた。


お風呂は水溜りの水、食事は薪で火を起こして、トイレは当然水洗の設備がない。


この現代においてここまでの過酷な環境があるのかと、「驚き」があった。

とはいえそれは我々外からの意見であって、

当の本人たちにとってはそれが生まれながらの環境であって、「普通」なのかもしれない。


彼らの心情を理解するのには、あまりにも時間が短かったが、例えば生まれつきその環境で暮らし、


ある時日本の生活を知る機会があったときには、その大きな環境の差に「驚き」があるのだろう。


人によっては生まれた環境の違いでここまでの格差があるのかと嘆くかもしれない。




これは知らないと何も理解できない。


自分の目で見て、聞いて、学ばない限りは、自分たちの「普通」の価値観で生きてしまう。


日本では当たり前に水道の水が飲めて、暖かいお湯が出て、


お金が無かったとしても生活保護制度によって死ぬことはない。


その生活保護での暮らしが、この国にとってどれだけの贅沢なのか、


知らないと理解できない。


改めてこの遠征に帯同させてもらえて、自分の目でみることが出来て、


本当に良かったなと思う。


そして、なんとなく考えていた自分の人生のテーマが、


全ての人に「選択肢」を広げてあげることなのではないかと気付かされた。


例えば自分は、運動の啓蒙によって健康な人を増やしたいというぼんやりとしたビジョンがあるが、


運動ができるのにやらない人と、運動をやりたいが環境を作れない人がいたとしたら、


自分が救いたいのは間違いなく後者だなと感じた。


これは何もカンボジアでやりたいとかではなくて、


まずは日本でそういったハンディのある方やチャンスを作れない人を救えることをしていきたい。


そしてもっと自分の価値観を広げるために色々な世界を知りたい。


本当にこの遠征で得た経験は、自分の人生のハイライトだ。







もう一本ブログを書くと思うので、3日目の午後の素晴らしい体験をシェアしようと思う。

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